北九州弾丸市場めぐりの第三弾は到津市場からほど近い『筑豊商店街』。
住所は八幡東区になる。
ここはブログや各種SNSでもかなり露出の多い市場なのでご存じの方も多いのでは。
肌感覚で言えば、北九州では旦過市場の次に有名だと思う。
幹線からも鉄道駅からも外れた住宅街に突如こんな市場が現れるのが北九州という街である。
よそ者にはここに市場が誕生した理由なんて皆目わかりそうにない。
東西に伸びるアーケードは50mほどと短い。
だが、ひとたび足を踏み入れると現実とは思えない光景が眼前に広がる。
よくできた映画のセットと言われたほうがよほど理解ができる。
北九州最古の商店街
それもそのはず、ここができたのは1932(昭和7)年のことで北九州に現存する市場としては最古になるそうだ。
昭和一桁、戦前、そしてあと10年ほどで1世紀を迎える。
黄金市場の二年先輩にあたる、とんでもない肩書きを持つ市場だ。
なお、福岡の地理に疎い人は“筑豊”と言う名を聞いてもあまりピンと来ないが、かつて筑豊炭田があったエリア、現在の田川市、直方市、飯塚市あたりを指すのが一般的である。
実は北九州は筑豊とは縁遠い。
ここの商店街の名前は、旧国名「筑前」「豊前」の頭文字を取って付けられたようだ。
一瞬、はて?と思ったが、両国の国境が今の八幡東区にあったのでおそらくこれが理由だろう。
もしかしたら、この市場のすぐそばを(国境が)通っていたのかもしれない。
どこもやってないと思っていたが、魚屋が一軒だけ準備を始めていた。
来た日が来た日だったのであとはすべてシャッターが降りていたが、普段はまだ結構やっているお店があるらしい。
一見して“ひん死”にしか見えないのに何ということだろうか。
まさに令和の奇跡である。
西側に抜けた。
くたびれたテントがなかなかいい塩梅である。
まだ続きがあった
商店街の東側入口に付近の案内図がある。
筑 豊 商 店 街
とでかでかと書かれたセンセーショナルなアーケードがあるのは左下、赤い箇所である。
下が東なのでアーケードは北に伸びているのだが、よく見ると北側にも幾筋か路地が伸びている。
と言うか、市場としてはそちらがメインのように見える。
地図上、三本あるように見えた路地は東側の二本が健在で真ん中だけシャッターが開いていた。
そこには「筑豊商店街入口」と書かれていた。
因みに、一番東の路地は冒頭3枚目の写真を見てもらえればそこに写っている。
「筑豊市場中央入口」と書かれたシャッターがそれである。
筑豊商店街に分け入る。
先ほどの広々としたメインストリートは鉄骨のアーケードだった。
対してこちらは木造。
前者は後年できたもので、今頭上にあるものがオリジナルか相当初期にできたものではないかと言う気がする。
聞くと京都を連想してしまう「一銭洋食」は、北九州にもあったようだ。
以前は繋がっていたであろう脇道は封鎖され、通行止になっていた。
この通りもまた、平常時に来れば活気に満ちた光景がお目にかかれるようだ。
そんな話が信じられるだろうか。
『後世に残すべき文化遺産百選』みたいなものがあったとしたらベスト10に入るのは待ったなしだろう。
いや、いっそ世界遺産になってもいいぐらいでは。
イコモスさん、勧告してくれませんかね?
左手の脇道は一番東の路地(筑豊市場)に通じているが現在は通行止になっており、筑豊市場の建物は一部が解体されている。
今となっては筑豊市場、シャッターの先が見れなかったことが本当に心残りである。
もう一度、長期連休じゃないときに行かなければ。
北側の入口。
北九州最古の栄冠は伊達ではなかった。
こんな市場が近所にあれば間違いなく常連の一員に名を連ねていたであろう。
北九州の筑豊商店街。
遠路はるばる見に行く価値のある、素敵な市場だった。
名残り惜しかったのでアーケードの前で愛車と記念撮影をしてから次の場所へと向かった。
[訪問日:2020年1月2日]
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