いざ、仕事納め。小田原の花街「宮小路」を歩いて一年を締めくくった話

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4月に「仕事納め」とか、暖かくなってきてアイツいよいよ頭がおかしくなったのかとか言われそうだなぁ・・なんて思いながらリリースするネタは文字通り大晦日の話である。

2020年の。

去年は秋頃に諸事情でまったくブログができない時期があり、それが尾を引きまくって気づけば1年3ヶ月遅れに。。
たぶんこのブログ史上最長の遅れだと思われるけど、ちょっとずつ巻き返していきますので今後とも生暖かい目で見守っていただければ!

 

で、2020年の最終日に戻りますが、久しぶりに小田原を歩いてきました。というのが今日の話。

このブログ始めてすぐぐらいに「抹香町」を歩いて以来だから・・
記事で確認したら6年半ぶりでした

小田原市 旧抹香町の町並み
熱海の糸川べりに寄ったあと、さらに小田原で寄り道。小田原にはかつて初音新地、抹香町という二ヶ所の遊郭があったそうで、抹香町のほうはカフェー街として戦後も存続。というわけで界隈を歩いてきた。竹の花新地...

あー。もうそんな経つんだね(゚д゚)
なんかショックだ。。

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まずは「だるま」から

歩いたのは小田原にあった花街「宮小路」一帯。
の前に、まずはこれを紹介しないと話が始まらない!

ぐらいの対象が明治26(1893)年創業の、老舗料理屋「だるま」。

天ぷらや寿司など、相模湾で水揚げされた魚料理がメインの、小田原を代表する超有名店。
見ての通りで、建物は登録有形文化財であります。

ここな…。

もう10年以上前の話だけど、一度だけ来たことあるんよね。
普通に昼飯食べに。

確か天丼頼んだんじゃなかったかな、と思うんだけど。

どうせならまたご飯食べようか、なんて思いながら行ってみると、すでに閉まっていた。
大晦日につき短縮営業だと…。

クソッ

何に使われるのかはわからないけど、正面右側には別館。

別館の裏手に回ってみると、サイドにも本館入口がある。
実はだるまはただの食堂ではなく、個室から大広間まで各種冠婚葬祭向けに多くの部屋を完備してるんですよ。

元々は料亭だったわけですからね。

で、この本館の裏口にですね。

料理店鑑札

これがあるわけなんですよ。

神奈川の鑑札を知り尽くしたとある人物から教えてもらったんですが、まさかだるまにあったとはね…。

裏手に回ると、本館から繋がっているように見えるこの巨大な建物もだるまの一部。
おそらくこっちに大広間があるんじゃないかな。

料理もそう高くないんで、小田原、伊豆箱根方面に出かける際は是非ともだるまに立ち寄っていただければ。

さて、じゃあ目的の場所へ向かいましょか。
だるまの近くにあった食堂が素敵だったので思わずパシャリ。

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宮小路へ

小田原花街「宮小路」は、だるまから見て少し南側、国道1号線を渡った先にある。
ちょうど1号線が枡形のように折れ曲がっているところの、その内側と言えば分かりやすいだろうか。

宮小路には「松原神社」という小田原の総鎮守とされている古い神社があり、そこの玉垣にいくつか花街の名残を認めることができる。

だるま発見!

これ以外にも、料亭の屋号と思しき名前がいくつか。
やはり深い関係にあったんでしょうな。

さて、そんなところで街並みを眺めていくことにしましょう。

予告なしにR指定なお店が登場して「ほほぉ、そうかそうか」と。
実にわかりみが深い。

とりあえず、満遍なくすべての路地に足跡を残すべく歩いて行く。

最も目につくのがスナックで、これは花街としての歴史を終えたあとにそういう方向へ向かったから。
そう、宮小路はもう芸者のいる街ではなく、今やただの飲み屋街となっているのだ。

とは言え、名残が完全に消えてしまったかと言うとそうでもなく、例えばこのビジネス旅館なんかは元料亭だったそうで。
そう言われると、どことなく建物に花街っぽさがある。

この旅館も分かりやすい。

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老舗料亭「清風楼」

で、その中でも宮小路の生き証人たる料亭「清風楼」。

なんと、だるまよりも古い文久2(1862)年の創業。
今年でちょうど160年とその歴史は折り紙付き。

ここにも料理店鑑札

この「清風楼」は今でも普通に料理屋で、ランチ営業もやってる。
だるま同様、結構リーズナブルに食事できるのでいつか機会があれば行ってみたい。

実は清風楼、松原神社の玉垣にも名前がある。
興味ある方は探してみてくださいな。

(2ページ目へ続く)

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