福知山「猪崎新地」を訪ねて ~軍都にあった遊郭跡~

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仕事に忙殺されるがまま、いつの間にか年の瀬を迎えてしまったが振り返ると今年も色々な土地を訪ねた。
中でも思い出深かったのが、単車で金沢まで行ったGWの出来事。5日間で1000km弱と、まぁまぁよく走ったその旅ではじめに立ち寄ったのが、かつて城下町として栄えた京都の福知山市だった。

やって来たのは福知山にあった遊郭、「猪崎(いざき)新地」跡。
すでにネット上には先人達の探訪記が掃いて捨てるほどある。ということは、どうやら自分の役目は悲しいかな“現状確認”でしかなさそうだ。

「猪崎」という地区は駅から結構距離がある。筆者は近くの三段池公園の駐車場から歩くだけで済んだが、もし電車で来てたら大変だっただろうな、と思いながらかつての結界内部に足を踏み入れた。

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猪崎新地の歴史

猪崎新地ができたのは1899(明治32)年。元々川向こうにあった遊郭が洪水で流され、移転してくる形で成立した。この移転には、大阪から引っ越してくる歩兵第二十連隊(現在の福知山駐屯地)の存在も大いに関係していたと言う。

現在も残る有名な元妓楼

また、同時期に中学校を建設するという話もあったのだが、地域住民は「地元にお金が落ちるから」という理由で遊郭建設を選んだという、何ともエポックメイキングなエピソードが残っている。

弁柄色が艶めかしい

もうひとつ、猪崎には異彩を放つ逸話がある。それは、全国的に遊郭で張り見世(遊女が直接客に顔を見せること。人権上の理由で写真見世に変わっていった)が禁止された大正時代以降もしれっと続けていたということで、遊女と会話がしたい男たちが神戸や姫路から車でやってきたそうである。

新地の全盛期は明治末期で、貸座敷約80軒、娼妓200人というからかなりの規模である。しかし、1937(昭和12)年には62軒、150人に減少。

以上、『遊郭をみる』より引用

遺構と思われる建物

戦後は赤線に移行し、昭和33(1958)年の防止法完全施行で長い歴史に幕を閉じることになる。

そして、駅から遠かったせいか盛り場になったりひそかに営業を続けるようなこともなく、ただの住宅街となって現在にいたっている。

メインストリートの突き当たりに、唯一とも言えるカフェー調の遺構が残っていた。あとから知ったのだが、どうやら裏側に回るととてもショッキングな光景が目に飛び込んでくるらしい。

そしてもう一軒。弁柄なアイツと双璧をなす素晴らしい元妓楼の建物。いずれも住宅としてキレイなままの姿を保っている。

猪崎新地の歩き方

猪崎新地の地割はいたって単純明快。東西に一本太い目抜き通りが走っていて、それにクロスする道が二本。それと、目抜き通りと並行する南側の路地。ざっくり言えばこれだけである。
すべての路地を歩いても10分もかからないぐらいの広さで、80軒あったという話に思わず首を傾げたくなる。

いつの時代かわからないけど当時のメインストリート。(『遊郭をみる』より引用)

これだけ妓楼がずらっと並んでいた面影は、今ではまったく見ることはできない。

先ほど紹介したツートップ以外にも、面影を残す大柄な建物が結構残っている。どれも手直しされ住宅として余生を送っており、猪崎新地の遺構たちは総じて保存状態が良好だった。

決してアクセスが良いとは言えない福知山の地に多くの先人たちが足を運んだのは、おそらくこれが理由なのだろう。

そう言えば、今回の記事を書くにあたってひとつ驚いたのが、Googleマップに「猪崎新地遊郭跡」の名で地点登録がしてあったことである。しかもご丁寧に2件の口コミまでついていた。

誰でも地点登録できるようになったとは言え、観光名所とは程遠い“遊郭跡”が地図に載るのはいかがなもんだろう。

たぶん、地元の人は複雑な気持ちだろうな、と容易に想像ができる。

遺構っぽいが廃墟一歩手前だった

誰かのレポートを見ながら、ストリートビューで場所を探し当てる作業を楽しみとする筆者からしてもやや残念である。
まぁ、観光のノリで訪問する人にとっては便利でいいのかもしれないけど。

ところで、この日は足を運ばなかったが、新地の東側にちょっとした山があり、かつては猪崎城という山城が築かれていた。そして、この山の上に遊郭にはつきものの稲荷神社があり、境内に新地の存在を示す証拠が残されているらしい。

興味のある方は登られてみては。

こちらの三階建て。ぱっと目を引く意匠ではないものの、構造とそのままの三階部分を見ると明らかに遺構だったことがわかる。

新地内部をうろうろしてたら、年代物の洗濯機を見つけたので思わずパシャリ。

この空き地にもかつて遺構があったのだろうか。

30分弱という短い滞在時間だったが、目当ての建物も見れたので有意義な時間だった。

ここ猪崎から始まった五日間の旅。
かなり詰め込んだおかげで、最近のペースでリリースしていけばたぶん半年近くはかかるであろう膨大なネタが手元にある。

のんびり綴っていくつもりなので、お付き合いいただければ嬉しい限りである。

To Be Continued…

【訪問日:2017年5月3日】


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