最果てのユートピア 青森・第三新興街

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2016年3月26日。
かつて「昭和三大馬鹿査定」と揶揄された青函トンネルを、開通から28年のときを経て初めて新幹線が走り抜けた。
北海道から九州まで、新幹線で日本列島がひとつにつながった瞬間であった。
そんな北海道新幹線開業に沸く青森の地を、実は筆者はその7ヶ月前にこっそりと訪れていた。

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このときは、我ながらずいぶん大胆なプランニングだったと思う。
5日間あったお盆休みを、青森だけですべて使いきるという前人未到的な旅を敢行したのだ。
そんなわけで連休初日の朝、新宿から乗り込んだ津輕号は7時40分に青森駅に滑り込んだ。青森にやってきたのは実に5年ぶりのことである。

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到着後真っ先に向かったのが、駅徒歩3分のバラック酒場地帯、「第三新興街」。
通称、ダイサン
好き者の間ではもはや説明不要なほど有名な場所である。
見えてきた。あれだな。

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これぞ昭和の残滓

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近づいてみると、そこには「ひん死」という言葉以外では形容できないほど満身創痍なバラック建築が建っていた。
これぞ昭和の遺産という素晴らしい佇まい。ここまで来るとアートであるとさえ思う。

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そしてこの古びたアーチが過去と現在を分かつ結界である。それぐらいの誇張が許されるほど、内側には淀んだ空気が堆積しているように見える。

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通りに面して二本の路地が口を開けている。駅寄りのほうにはアーチはない。こちらから入ってみることにしよう。

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いざ中へ足を踏み入れると、無機質で退廃的な世界が一瞬にして視界を埋め尽くす。
3分前に見た駅前の風景とあまりにもギャップがありすぎてにわかに混乱してくる。

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自分で電気工事したんですか?と突っ込みたくなるほど配線の乱雑っぷりが凄い。
そしてそれ以上に3階建てだったことに驚く。

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廃業したスナックは看板が割られ、ドアには板が打ち付けられている。
なるほど、確かに噂に違わぬ魔窟であることがこのあたりでようやく理解できた。

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この「第三新興街」は、表向きは場末の寂れたスナック街だが、ひとたび夜になれば裏の顔を我々に見せることになる。
どういうことかはちょっと調べればすぐにわかるので、ここではあえて明言は避けよう。

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というか、基本的にはいかがわしい体験談ばかりが出てくることと思う。
純粋に町並みを知りたいだけの人だっているだろうから、そういう人のためにこの日も粛々と「仕事」をしてきました。

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角度のついたドアが昭和の赤線地帯を思わせる。
それにしても、この第三新興街の生い立ちがさっぱりわからないのである。

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おそらく、食堂があったことからも純粋に飲食店街としての機能を持った盛り場として誕生し、色街的な性格は後天的なモノなのではないかと睨んでいる。

(2ページ目へ続く)

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