城下町に名アーケードあり。福知山『内記新町商店街』

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昨年の大河ドラマ、「麒麟がくる」で脚光を浴びた明智光秀ゆかりの城と言えばやはり京都の福知山城だろう。そんなわけで、2020年は福知山市が大いに盛り上がった年だった。

福知山と言えば、当ブログでも過去に二回ほど取り上げたことがあるが

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猪崎新地に行ったときは浮世小路のことを知らず、浮世小路に行ったときはこの商店街のことを知らなかった。
結果的に、無駄に三回も来ることになってしまった。

我ながら一体何をやっているのか…。

そんな、非生産性の集大成とも言えるのが今日紹介する『内記新町商店街』である。

福知山城の北西、広小路通りとお城通りを縦につなぐ「新町通り」。
全域が全蓋式アーケードになっていて、これがすなわち内記新町商店街である。

商店街南側の入口。
激渋な3階建てにいきなり度肝を抜かれた。な、なんだこれは…。

いきなりこんな飛び道具を出すなんて反則行為もいいところである。

さらにこの元医院である。まだ商店街に足を踏み入れてないと言うのに何ということだろうか。
これ以上付近を散策すると当初の目的を見誤りそうなので、後ろ髪を引かれる思いでアーケードへと進む。

 

意を決してアーケードに分け入る。

…っと!一瞬にして右手の歯科の建物に視線を持っていかれた。
微妙なカーブを描いたブルーのアーケードとも絶妙にマッチしている。

素晴らしい。

前方から子どもを連れた若いお母さんが歩いてきた。
これは絶好のチャンス!

とばかりにシャッターを切った渾身の一枚がこちら。(言うほど渾身でもない

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アーケードを観察する

この商店街がどういった出自を持つのかはわからないが、城下町に始まり商都、軍都と歴史を継いできたまちがかつてどれほど栄えたかはこの長いアーケードを見れば一目瞭然だった。

しかしながら、全国の地方都市が直面する、かつて中心だった商店街がなすすべもなく寂れていく現実はこのまちでも同様だった。

空き地や民家に姿を変えた区画も多かったが、平日に似つかわしくないシャッターの多さ、そして何より人が歩いていないことがすべてを物語っていた。

全盛期は昭和30~40年代と言ったところだろうか。
歩く人同士の肩がぶつかるぐらい繁盛していた時代もあったことであろう。

昭和という時代を煌びやかに生き抜いてきた建物たち。

そのどれもが自身の役目を終えたであろうことは明白だった。

自ら引き際を決めることも、もう疲れたと言って命を絶つことも建物にはできない。
そう言った権利は与えられていないのだ。

いつか終わりが来るその日まで、どうか幸福な余生であることを願ってやまない。

 

アーケードは長い。
実に500mほども続いていた。

昭和を彩った建物に紛れ

虫籠窓を設えた伝統的な商家スタイルも残っていた。

コアな鉄道ファンに人気のポッポランド(1号館)は、種々の事情で2018年から休館中だった。
再開できる日はやって来るのだろうか。

北側の入口。
こちら側は「新町商店街」。

どうやら途中で名前が変わるようだ。

もう市場としては機能していなかったが、「内記市場」、こんなものもあった。

内記新町商店街。いいアーケードだったな。

 

満開の桜と青空に映えまくる福知山城
最高の日に来れた喜びをしみじみ噛み締めながら、帰路についた。

さらば福知山

[訪問日:2020年4月6日]


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