旧奈良屋町からさらに西へ。15分ほど歩けば、かつての盛り場の名残がぽつぽつと出現し始める。
一度国道50号に出ればわかりやすいものを、あえて裏通りを選んで向かうあたりが一種の「性」というものであろう。
まぁ、そのおかげでこんな素敵な建物に出会えたわけであるが。
旧大工町
旧大工町は、現在の京成百貨店の西側一帯がそれにあたる。
大工町の地名は今も残るが、現在の盛り場はその東側の「天王町」、「泉町」界隈に集まっている。(一方、大工町にはキャバクラやスナックが多い)
この名前を聞いてピンときた人はかなりの好き者だと思われる。
かつての盛り場だったビルも、現在ではテナントが半分くらいになって歯抜けのような様相を呈していた。
これが地方都市の厳しい現実であろうか。
廃業したように見える居酒屋なんかも出てきてますます場末感が濃くなってきた。
この旧大工町は、昭和40年代に特殊浴場の出店が解禁され、業者たちは続々と転業。
結果、色街の歴史が潰えることなく現在は有名な風呂屋街となっている。
廃業した旅館なんかも出てきていよいよ末期的な状況になってきた。
長いスパンで見れば、風営法改正、迷惑防止条例の整備はもとより、長引く不況の影響や趣味嗜好の多様化で風俗にお金を落とす男性は昔より確実に減っていると思う。
その割をモロに食ったのが地方都市で、廃業したり滅ぶ寸前だったりの街を今までいくつも見てきた。
水戸の場合はまだマシなほうだと言えようか。
県内では、土浦に次いで店舗数が多く、歓楽街は比較的客足にも恵まれているようだ。以前読んだルポ本によれば、紹介所で無店舗型のデリヘルなんかも紹介してくれるとのことである。
相当年季の入ったお寿司屋さん。
引退済に見えなくもないけど、のれんもかかってるし現役のようだ。
廃業した店もちらほら。やはり水戸と言えどもこの業界は厳しいようである。
それにしても趣味の悪い色だなぁ。個人的見解だけど、奇抜な外見や色にした店ってだいたい長くは保たない気がする。
その代表例とも言えるのがこちら、「クイーン・シャトー」。
廃墟マニアの間では「トランプ城」などとも呼ばれている、高級ソープのなれの果てである。
1980年(昭和55年)に総工費8億円という途方もない金額を投じて建てられ鳴り物入りでオープンしたものの、120分総額10万というバブルプライスが仇となったのか1987年に廃業したそうである。
廃墟マニアがこぞって不法侵入し不審火などもあったようで、現在はバリケードが立ち完全に封鎖されている。
よく見るとガラスも割られてるし、ヨーロッパの古城よろしく蔦に侵食され始めとる。残念なことにクイーンの姿も今では拝むことができない。
内部の写真はネットで検索すると腐るほど出てくるので、興味のある方は探してみてはいかが。
旧大工町のほうは現役店と廃墟の城しかないので、長居は無用。戻りますかね。
駅へ向かう途中に見た泉町会館。
昭和初期に建てられ、昭和30年に再建されたという近代建築。
アールと黒の豆タイルが美しい。丸に泉の文字もなかなかオツ。
水戸は空襲で焦土と化してるので、僅か20年そこらで再建されてるのはおそらくそういう理由でしょう。
水戸のゆるキャラ、納豆ガールことみとちゃん。
頭の中が気になるけど、そこはデリケートゾーンというもの。決して触れちゃいけない。
そんなこんなで水戸の色街散策は終了。
早起きと土浦散策に加え、駅から地味に遠かったことでそろそろHPが削られてきたが、もうひと頑張りしなければいけない。
帰りも徒歩で戻り、水戸から常磐線、水戸線と乗り継ぎ、次なる街へと向かった。
[訪問日:2014年8月17日]
コメント
おもしろい
> そのすぐそばには、しもた屋となった元転業旅館。現役自体時代は「だいはつ」という名だったようで
> あるが、車はスズキなんですねw
草
この物件すでにとりこわれてしまってますね…
「読めねぇ」と書かれていた店舗は「富久富」ですね、これで「ふくとみ」と読んで。昭和末はまだ営業していました。
なるほど・・「富久富」でしたか。ありがとうございます。