以前吹田に残る古い町並みを歩いたが、千里中央のある市北部にもう1ヶ所歩きたい場所があったので日を改めて足を運んだ。

それが万博記念公園の南側に位置する山田東。
かつての山田村に属する範囲である。
古い町並みが残るのは主に山田東の2丁目と4丁目で、アバウトに言えば西半分ぐらいになる。
この日は阪急の山田駅からスタートし、該当のエリアをぐるっと回ってまた山田駅へと戻った。
府道2号線から細めの路地が伸びるY字路。
古い町並みはここを左手に進む。
ぱっと見た景色はどこにでもあるような今風の住宅街。
だが、その中にぽつぽつと明らかに今風じゃない建物が現れ始める。
とあるマンションのエントランス部分にめちゃくちゃ物々しい門が建っていて「!?」となった。
ここにはかつて竹中家という庄屋屋敷があり、マンションに建て替える際に住民が取り壊しに反対して門だけ残ったそうだ。
おもむろに土蔵なんかも出てきていよいよ楽しくなってきた。
その先には紫雲寺なるお寺。
商家風の伝統的家屋。
今歩いて来たのが左側の道で、Uターンするような形で今度は右側へ。
まちの歴史を紐解く
このあたりはかつて山田村だったと冒頭述べたが、昭和30年に吹田市に合併して山田村は消滅した。
大まかに言うと、合併前は今の吹田市の北部が山田村であった。
田畑が広がるいわゆる農村地帯で、今残る古い町並みはかつての農村集落の名残である。
こんな感じの、茅葺農家だったと思われる建物が点在しており、農村であった歴史を感じることができる。
なお、今の千里ニュータウンも旧山田村の一部で、昭和35年にニュータウン建設が構想され、38年から入居が始まり、一大農村地帯が短期間で近代都市に変貌していった。
おそらく、千里ニュータウンが建設される前は今の千里中央付近もここと同じような農村集落があったのだろう。
千里中央のみならず、ここら一体は今となっては完全に新興住宅街へと変貌してしまった。
そう考えると、山田東のわずかなエリアに昔の町並みが残ったのはほとんど奇跡と言ってもいいのかもしれない。
最初歩いてきた車通りは直線的な道路だったが、集落の内部に入り込むと狭い路地が入り組んでいていかにも昔ながらと言った町並みが続いていた。
塀に囲まれた立派な屋敷がよく見られたが、かなり裕福な村だったのだろう。
それなりに歩いたとは言え、エリア全体で見ると古い建物は想像以上に良好に残っていた。
正業寺
大げさではなく、昔にタイムスリップしたような気分にさせられる。
なにぶん時間が経ってしまったので、もしかしたら今はなくなってしまった建物も少しはあるかもしれないがそこはご了承頂きたい。
山田東4丁目26付近
大和棟の古民家
見ごたえのある建物が本当に多かったように思う。
想像以上の収穫に満足。
ツツジが綺麗だった。
この風景がいつまでもその姿をとどめることを願いながら、山田駅まで歩いてこの日の散策を終えた。
[訪問日:2022年4月16日]





























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