たぬきのまち信楽を楽しむ!ぶらり窯元さんぽ

滋賀県
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滋賀県の信楽と言えば信楽焼で有名な焼き物のまちだ。
そして信楽焼と言えば十人中九人がこう答えるだろう。

あぁ、狸の置物で有名な!

そんな信楽のまちをぶらぶら散歩すべく、ふらっと出かけてきた。

先に言っておくと、窯元や陶器店の店先にはこんな感じでおびただしい数の狸が陳列されていて見るだけでも楽しいまちだった。

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信楽焼の歴史

信楽伝統産業会館

さて、信楽焼と言えば日本六古窯(越前焼、瀬戸焼、常滑焼、信楽焼、丹波焼備前焼)のひとつであるが、その歴史は鎌倉時代(13世紀)にまで遡る。

信楽の土は約400万年前にこの地にあった古代湖(琵琶湖の原型とされる)の地層によるもので、非常に耐火性が強く土質は粗めとなる。

かつて日本の中心だった近畿地方という地の利もあり、一大産地としての地位を確立。
瓶や壺、鉢、茶器など小さなものから大きなものまで幅広い製品を生産してきた。

なお、狸の話はあとに譲ろう。

そんな信楽のまちには「窯元散策路」なる散策路が整備されており、日本を代表する焼き物のまちの雰囲気を感じることができる。

車の方は駅徒歩3分、「信楽焼ミュージアム」の前にある信楽観光駐車場が便利だ。

新宮神社

奈良時代に創建された新宮神社。
当たり前のように狛犬も陶製だった。さすがにこのへんは期待を裏切らない。

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窯元散策路へ

信楽は四方を山に囲まれた盆地で、すなわち丘陵地帯である。
それゆえ、散策路は「ろくろ坂」「ひいろ壺坂」「窯場坂」の三本の坂に沿って窯元が点在するようだ。

というわけでまずはろくろ坂から。
各坂にはこのように敷石が地面にはまっており、観光客が迷子にならないように配慮されている。

※左手前の古民家は現存セズ

たぬきは「他を抜く」の意味を持つ、商売繁盛のアイコンとして知られており、古いまちを歩いていると商店の店先などで狸の置物によく出会う。

ではなぜたぬきと言えば信楽なのか。

狸の置物は備前や常滑でも焼かれていたが、昭和初期にたぬき専門の窯元が信楽にオープンした。
昭和26年、昭和天皇が信楽に行幸された際により歓迎ムードを出そうと、人々だけではなく狸の置物にも旗を持たせたところ天皇がいたく感動し、その写真が報道されたことで

信楽 = たぬき

のイメージが全国に広まったのだそうだ。

登り窯

その後、たぬきは縁起物であるという言説がブームを後押しし、信楽焼と言えば狸というイメージが定着するほどのヒット商品となっていった。

非常に愛くるしい置き物であるが、人間に置き換えると全裸で徳利持ったおじさんが満面の笑顔で家の前に立っているわけである。もはや通報される未来しか見えない。

たぬきだと「縁起がいいねぇ」で済む。不思議だ。

焼き物のまちならではの、窯元の登り窯が点在。
いつものまち歩きと違うのが、この「登り窯」が見られるところだろう。

この登り窯は江戸初期から昭和40年代にかけて使われたものだそうだ。

続いて窯場坂のほうへ。
卯山製陶さんのこの景色が個人的今日のNo.1。

こちらは丸由製陶所。

ときどき見かけるコイツは、「立ちざや」「継ぎざや」と言うもの。
登り窯で壺や火鉢などを焼く時に使う台なんだそう。

「ほうざん」なる工房兼ギャリーがあったのでちょっと寄っていくことに。

なぜか外観を撮ってなかったのだけど、明治の師範学校を移築した建物でなかなか見応えがある。
これは昭和41年に築炉された重油窯でギャラリーとして使われている。

徳利とぐい呑み。

一階が工房。

二階は販売スペース。

ここのおばちゃんから信楽焼の特徴やら簡単な歴史やら聞いたんだけどキレイさっぱり忘れてしまった(笑)

このお隣が「山文製陶所」というのだけど、2019年の連ドラ『スカーレット』のロケで使われたのだとか。
架空の陶器会社「丸熊陶業」という設定がそれで、当時使われた?ものがそのまま置いてあった。

(2ページ目へ続く)

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