福井県は勝山市にあった湊遊郭探訪記。
ここから後編。
目抜き通りの西側にはドブ川のような疎水が流れ、橋が架かっていた。
かつてはここが“中”と“外”を分かつ結界の役目を果たしていたのだろう。
北側にあった稲荷神社。
そう言えば、『全国遊廓案内』の湊遊廓の頁にはなかなか面白いことが書かれている。
少しだけ引用してみよう。
遊廓は有名な九頭竜川の沿岸に沿ってあって、軒数約7軒、娼妓25人ぐらい居て全部居稼ぎ制である。
(中略)
特殊な気風としては、多く二枚鑑札の女が居て、遊楼と料理屋の兼業である。一見芸妓か娼妓か見当がつかないのもちょっと風変わりであろう。
と、なかなか便利なシステムだったことがわかる。
二枚鑑札。さぞ稼いだことだろう。
もう一度目抜き通りへ
最後に、もう一度メインストリートへ。
軒数から言っても、遊郭としては小規模だったのだろう。
目ぼしい建物はいくつかあったが、数としてはそんなに多くはなかった。
廃業してるようにしか見えないスナック群。
この通りは時間の流れが緩やかだ。
地方都市であればあるほど、遊里の残照は手つかずのまま朽ちて行く。
遺された建物は、時の流れに抗うことはできない。
昭和33年から、すでに60年という歳月が流れた。
故意にしろ、そうでないにしろ、建物とともに街の風景、記憶ごと消された色街もまた多い。
かつて街の経済に貢献し、人々の心を潤したものがそんなに忌むべき対象なのだろうか。
この看板を見ていると、どうにもそうは思えない。
目抜き通りには、どっしりとした真っ黒な元妓楼がそっと佇んでいた。
歴史はなかったことにはならない。
栄華を偲び、過去から逃げず、未来と向き合う。
そんなメッセージが伝わってくるようで、どこか愛おしくもあった。
初めて来た勝山。
柔らかな陽光が注ぐ元遊郭は、どこまでも穏やかな空気が流れていた。
そして、このまちを後世に残すという意志がもうひとつ。
それが、旧料亭の花月楼。
ちょうど、1週間ほど前にリニューアルオープンしたばかりだった。
[訪問日:2017年5月7日]
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