戦前の妓楼に出会える街。八王子「田町遊郭」を訪ねる[2]

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都内で唯一戦前の妓楼が残る町、八王子は田町遊郭を訪れ、その元妓楼の驚異的なでかさと威容に震撼とさせられたわけであるが、実はここにはもう一軒遺構が残されている。

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横にあるマンションと比較してみると、相当間口があることがおわかりいただけると思う。でも少し遠いのでちょっと寄ってみましょうか。

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実はここから見えないけど、向かって左側が奥へ続いていたりする。つまりこの元妓楼は上から見るとL字型をしている。
建坪は先に紹介したほうがでかいのだけど、こちらもかなりの大店。ちなみにこちらは住宅として使用されている。
窓があったと思われる場所は完全にふさがれてるけど、一体何に使われているのだろうか。

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当時の名残をとどめている表門が残っている。

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門には何やら文字が書いてあった。形から察するに「ばろん」ではないかと。
響き的に、戦後赤線時代の店名のような気がする。

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真横から二階と電柱を。遊郭跡では当時の地名が電柱に残ってて感動することがしばしばあるけど、そういえばここは今も昔も田町でしたね。

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横が駐車場になっているのでかなり接近して拝むことができる。やー、こうして見るとやっぱりでかい。
ピンクのカーテンがこの上ないほどに淫靡な雰囲気を醸し出している。

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この元妓楼の目と鼻の先に食糧倉庫がある。で、このときはまったくもって知らなかったんだけど、この写真の右端に少しだけ写っている空き地に実はつい最近まで元妓楼の建物があった。
2014年1月、筆者が訪れる3ヶ月前のことになるが、なんと火災で全焼してしまっていたのだ。「松屋」という転業旅館で、全身が蔦に覆われてもはや全景がまったくわからない非常にスタイリッシュな建物であったそうだが、実に残念でならない。
この「モリゾーハウス」の焼失により、残る妓楼は紹介してきた二軒のみになってしまったそうだ。

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倉庫から少し大門方面に進むと、この「八百福」という屋号の家が現れる。料亭か旅館だったと思われる建物。

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いまだに屋号も健在。

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ただ、隣接している母屋の玄関部分には扇のような意匠の窓が見られたし、旅館と思ったほうの裏口は屋根付き格子戸から続くアプローチがあったりと、作り的に赤線建築のそれじゃないかと思える要素が散見されたのでもしかしたら八百福さんも「そっち」のものかもしれません。

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せっかくなので大門通りから脇道に入って付近を散策してみたところ、どっからどう見てもまごうことなきカフェー建築の物件があった。

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さらにもう一軒。何も狙わずしてこの配色になることはちょっと考えづらいのでおそらく関連物件でしょう。

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見つかったのはその二軒だけ。とは言えどもこの八王子市田町。
都内で戦前の妓楼が残る唯一の遊郭跡というだけでも一見の価値があるけど、これだけでかい妓楼が現存するのは全国探してもほぼ例がないので興味のある方は是非八王子まで足を運んでみてはいかがだろうか。

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最後に大門通りを西側から。
そういや東京最果ての街なんてアレなこと言ってしまったけど、この八王子、ファンモンことFUNKY MONKEY BABYSの出身地でしたね。大変失礼しました。

[訪問日:2014年4月26日]


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コメント

  1. 匿名 より:

    ばろんではなくぼたんです。おそらく屋号を抜いたものでしょう