近江商人のまちなみ散歩 近江八幡編

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豊臣秀次が築いた八幡山城は今では城跡となっているが、この八幡山へはロープウェイで上ることができる。

約4分で山頂に到着。たぶん歩いてもそんなにかからないと思ったけど、元々登山する予定はなかったので楽なほうを選んだ。

山頂からは琵琶湖や西の湖、城下町が一望できる。好天にも恵まれ。絶景なり。

山頂から見ると、碁盤目状の町割りがよくわかる。やはり城下町は高いところから見下ろしたほうが得られる情報が多い。

下山後、残る永原町通りへ向かった。

八幡瓦に興味のある人は、このかわらミュージアムに寄ってみるといいかもしれない。

通り道の鍛冶屋町、博労町通りあたりにもちょこちょこ当時の建物が残っていた。

車の整備工場も伝建仕様。こういうのが見られるのも伝建地区ならでは。

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格子戸や白壁の土蔵が美しい永原町通り

実はさっきの整備工場も永原町通りなんだけど、いわゆる「古い町並み」というのは通りの最も南側のブロックに集中している。

城下町形成時に、安土城下の永原町から商人たちを移住させてつくったまちというのがその名の由来となっているそう。この町もまた、多くの豪商を輩出している。

ここではおもに格子戸や白壁の土蔵を見ることができる。白壁は青空との相性が抜群なので、できれば晴れた日に訪れるのがよいと思う。

それらは確かに豪邸ではあったが、控え目を尊ぶ近江商人らしく、周囲の景観と調和のとれた歩いていてどこか気持ちのよい町並みであった。

これでだいたい見たことになるけど、最後にもう一ヶ所見ておきたい場所があったのでそちらへと足をすすめる。

ヴォーリズの洋館街

ウィリアム・メレル・ヴォーリズという人物をご存知だろうか。「青い目の近江商人」と言われた建築家で、他ならぬあのメンタームの近江兄弟社の創立者である。

英語教師として1905年に来日したヴォーリズは、終生近江八幡にとどまり、建築や事業、キリスト教の布教を通じて日本に多大な功績を残した。

そのヴォーリズの建築が、近江八幡にはいくつか残っている。

この八幡小学校は1873(明治6)年開校だが、講堂がヴォーリズの設計だそうである。

旧ウォーターハウス邸。1913(大正2)年築。

ダブルハウスと呼ばれる、近江ミッション(のちの近江兄弟社)のいわゆる社員寮。
1921(大正10)年築。

赤レンガと煙突が特徴的。当時の市井の人にとってはかなり奇妙な光景だったのではないだろうか。

ヴォーリズの話はこの辺にして、そろそろ近江八幡の散策を締めることにしよう。
城下町にはじまり、近江商人が活躍した近江八幡には当時の面影が色濃く残っている。

駅からはやや遠いが、歴史や古い町並みが好きな方であればきっと満足できると思う。

[訪問日:2016年7月29日]



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コメント

  1. maru より:

    ここも、また素晴らしいところですね。
    日曜日と休日は観光客がおおいのかな?
    ゆっくりと、探索したいところですね。

    • mast-mo より:

      どうでしょう。このときもたまたま平日だったのですよ(笑)
      平日でもそこそこいたので、もしかしたら休日は多いかもしれないです。