以前、阿波池田を歩いた徳島県三好市に再び足を運んだ。

目的は旧井川町の辻地区。
池田町と同じく、かつて刻み煙草で栄えた街道筋のまちである。
辻は旧井川町の中心部で、JR辻駅の南東、国道の南側に位置する小さな町だ。
まちの中心を貫く伊予街道と祖谷方面へ向かう祖谷街道が合流する地点にあたり、かつすぐ北側を流れる吉野川の水運の拠点であり、古くから宿場としても栄えた交通の要衝だった。
さらに幕末から明治にかけては刻み煙草の製造で繁栄。
町並みには今も当時の面影が色濃く残っている。
中途半端なところから散策を始めてしまったので、とりあえず東側の入口(国道からの分岐)まで行き、戻ってくる感じで歩いた。
国道は後からできたのだろうから、この道が旧街道(伊予街道)ということになるのだろう。
左側の気になる古民家。
壁にはかつて運行していた「徳島阪神フェリー」の広告があった。
徳島と大阪/神戸を結んでいたフェリーで、1971(昭和46)年から1998(平成10)年まで営業していた。
なお筆者は一度も乗ったことはない。
その上の看板も渋い。
阿波の刻み煙草について少し触れておくと、始まったのは江戸時代。
祖谷地域で葉たばこが栽培されるようになり、それが辻に運ばれ、製品化されて吉野川を下って徳島や大阪に運ばれていったと。
街道で祖谷と繋がり、船に直接積み出すことができた辻が一大生産地となったのは必然でしかなかったのだろう。
なんせ、明治末期には工場が80前後、約1,500人の工員が働いていたというのだからものすごい規模である。
時折立派なうだつが上がった旧家が見られるが、歴史を知ればそれも納得でしかない。
北方面。正面に見える道が国道192号線で、その向こうが吉野川である。
数は多くはないが、脇町に匹敵するかのような目を見張るうだつが散見される。
旧道らしい曲がりくねった道と、うだつや漆喰の古い町家が醸す昔ながらの風情が最高に心地よい。
辻では珍しいこちらのモダンな建物は「旧四国銀行」。
1959(昭和34)年とそこまで古くはないが、登録有形文化財になっている。
その近くで面白い建物を見つけた。
厨子二階じゃなくて厨子三階・・?w
いや、こんなの初めて見たってばよ。
そしてその向かいで威風堂々とした貫禄を放つのが、この「勇楼旅館」。
老舗旅館界隈では、前回綴った高知屋旅館よりも下手したら有名かもしれないぐらいのお宿で、いずれ宿泊記を書くつもりなのでここではあまり触れないでおく。
この辻は、行政が主導しているのか住民の意識がそうさせているのかわからないが、茨城の真壁を彷彿とさせるほどに登録有形文化財が多い。
こちらの山下家住宅主屋は1899(明治32)年。
向かいに立つのは山下家住宅別邸。こちらは大正時代。
現在は「辻のいろり」という交流施設になっている。
そして、登録有形文化財ではないが辻で最もインパクトのある建物がこの「仁尾薬舗」。
袖うだつも含め、タイル風のトタンでごってごてに装飾した元薬局の建物である。
これを見たとき、久しぶりに血が沸き立つような高揚感を覚えた。
さて、ゴールが近づいてきた。
と思ったら、最後にまだこんなのが出てきた…。
この建物が何だったのか、実は勇楼旅館に泊まったときに女将さんに聞いたんだけど不覚にもメモるのを忘れていて完全に忘却の彼方でして。。
神社の参道に面してるから土産物屋とかだったのかなぁ。
何かの商店だったのは確かだと思うんだけど。。
もし情報お持ちの方がいましたらコメントに書いて頂けると助かりますm(__)m
その先で橋を渡り、左へ曲がると祖谷方面(右奥)、右へ曲がると伊予方面(手前)。
つまりここが街道の分岐点。
昔の人は、祖谷から辻まで約12kmを、葉たばこを荷車に乗せて一日がかり運んだそうだ。
川に面した商家。
かつては船着き場だったのだろうか。
1921(大正10)年頃に建てられたと言われ、明治~大正時代に商人宿として栄えた旧中車旅館(仁尾邸)。
これで端から端まで歩いたので、ここらで辻の散策を終えることにした。
いい町並みだった。
[訪問日:2022年5月7日]




























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