ここ最近つらつらと書いている四国の話は2022年GWの出来事である。
そんな前の話をさも最近かであるように書いてる筆者も我ながらどうかと思うが、4年も経つと良くも悪くも色々な変化が起こる。
今日の話は悪いほうのひとつである。
旅の4日目。高知県本山町にある「高知屋旅館」に泊まった。
創業大正14年。老舗旅館界隈では誰もが知っている超有名なお宿だ。
事の顛末を話す前に結論から述べておくと、高知屋旅館は2023年頃に休業を経て廃業となった。
2026年には建物が売りに出されていることを、地元不動産のWebページで皆が知るところとなった。
なのでもう泊まることはできない。
今から綴る内容は、こんな素敵な旅館があったことを後世に残すための言わば「記録」である。
このとき、行きたかったタイミングで予約が取れたが、実はその前から休業と再開を繰り返していてたまたま運良く泊まることができた。
これを逃していたらおそらく泊まることは叶わなかっただろうと思う。
老舗旅館は唯一無二である。
画一的な都市部のシティホテルと違って、その土地の、その場所にしか存在しない。
土地と歩んできた歴史があり、同じものはどこを探してもない。
寝ることではなく、“そこに行くこと自体”が目的になる。
念願の旅館にやっと来ることができた・・
なのでこういう感慨が漏れることに必然以外の理由はなく、このときの筆者もまさにそんな感じだった。
高知屋旅館は玄関をくぐると目の前に応接室のような部屋があり、その奥に二階へ続く階段があった。
ちょっと変わった構造をしている。
途中で振り返るとビックリ。
階段が壁で仕切られ、左右で別の部屋に繋がっていた。
二階に見えた丸窓から覗いてみる。
つまりこういうこと。
左手の階段を降りたら車庫があり、その奥にも別の部屋があった。
まずは泊まった部屋から。
当時は絶賛コロナ禍だったこともあり、もしかしたら一日一組の制限などがあったかも分からない。
連休にも関わらず、この日は他に泊まっているお客さんは他には誰もいなかった。
部屋に案内してもらい、女将さんと少し雑談をしてから旅装を解いた。
到着したのがすでに夕刻だったので、チェックイン後程なくして夕食となった。
夕食は先ほどの階段の左側を降りた先の部屋で、ちょっとうろ覚えだがキッチンと隣接したダイニングのような場所だったのではなかろうか。
料理の内容よりもこのテーブルで筆者と女将さん、(おそらく)息子さんの三人で食事をしたことが何よりも強烈に印象に残っている。
何というか、旅人ではなくめっちゃ久しぶりに実家に帰ってきた息子みたいな待遇にちょっと面食らってしまった。
今まで色々な旅館や民宿に泊まってきたけど、こういう経験をしたのはさすがに記憶にない。
夕飯を食べて風呂に入ればあとは自由時間。
筆者はTVを見る習慣がないので、旅先の夜はPC開いてニュースをチェックしたり翌日の旅程を確認したり、そんな風に過ごすことが多い。夜景撮影やブログ更新をするときもある。
多分この日もそんな感じで過ごし、一日を終えた。
翌朝
まず朝食を頂き、出発まで館内を散策した。
襖を取っ払うとぶち抜かれる二階の広い部屋。
同上。
職人さんの技がきらりと光る素晴らしい意匠。
高知屋旅館の最たる特徴が中庭で、四方をぐるりと建物に囲まれている。
なので、一階と二階どこからでも中庭を見ることできる。
特に二階は回廊式になっており、こんなアングルで中庭を見下ろせる。
と、チラ見せしてしまったのでここらでご登場頂こう。
高知屋旅館を高知屋旅館たらしめているのが、この洋風建築。
初めてこれを見た人がもれなく度肝を抜かれる、この旅館の白眉である。
まさか中にこんな建物があるなんて、正面から見ただけでは絶対に分からない。
では、ここに泊まった人しか対面することのできないこの建物は一体何なのかと言うと・・
答えはダンスホールである。
ただし、はじめからあったわけではなく、昭和の初め頃に建てられたのだそうだ。
二階の回廊で見つけたちょっと面白かったものが、手洗い場が窓の外についているという光景。
これはなかなか。
これだけ素晴らしいと色々な角度から撮りたくなってしまう。
今度は反対から。
なお、洋館のダンスホールは今はもうなく、内部は和風の客室に改装されていた。
階段の踊り場から。
せっかくだから一階からも撮っておこう。
12mmで撮す。
超広角レンズ(SIGMAの12-24mm)を持ってきておいてよかった。
最後に大広間へ。
一番最初に上ってきた階段(右側)を下りずに真っ直ぐ行くと右手が大広間。
大広間はとんでもない広さだった。
ここで夜な夜な宴会が繰り広げられ、ダンスホールでは数多の男女が社交ダンスに興じたことであろう。
大広間があるのは正面側、手前の建物。
天井にはハイカラなシーリングファン。
オープン当時、この地域では相当モダンな文字通り大人の社交場として機能していたのではなかろうか。
そんな情景がありありと浮かんでくる。
写真を見返していると遠い日の思い出がありありと蘇ってきて、心にぽっかりと穴が空いたような喪失感に苛まれてしまった。
もしかしたら次期オーナーが旅館として再生させ、再び中に入れる日が来ないとも限らない。
今となっては、ただそうなることを願うばかりである。
付近を散策した
本山町に来たのは初めてだったので、出発前に少しく付近を歩いてみた。
本山郵便局跡と書かれた、旧郵便局の建物だろうか。
ストリートビューで確認したところ、すでに解体されてしまっていた。
ちなみに現在の郵便局はここから少し北に行った、国道439号線沿いにある。
金物店
高知屋旅館の前を通るこの道は「土佐北街道」と言い、国道が通る前はここがまちのメインストリートだった。
なお、この緑色の愛らしい街路灯は平成初期の代物で、老朽化に伴い一昨年刷新されてしまったようだ。
旧郵便局跡の斜向かいに立つ廃旅館。
こちらはまだ現存していそう。
柿本旅館と言ったようだ。
高知屋旅館なき今、この旧街道には泊まれるところはもう一軒も存在しない。
高知屋旅館に泊まることができたのは、今思えばこの年で最も幸運な出来事のひとつだったかもしれない。
古い建物がいつ壊されるか分からないように、老舗旅館だっていつまで営業するかは不透明である。
常に高額な維持費がつきまとうことを考えるとやむを得ないわけであるが、代替わりができず、建物の老朽化で廃業というケースが最も多い。
そうなる前に、泊まりたい宿があれば躊躇せずになるべく早く行っておくべきであると、自戒を込めて結びの言葉にさせてもらおうと思う。
[宿泊日:2022年5月]









































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