遊郭もあったよ!おわら風の盆の舞台「越中八尾」の町並みが最高だった

富山県
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1929年の『日本遊廓一覧』によると、八尾の遊郭(下町新地)は貸座敷4軒、娼妓7名だったとある。
思った以上に小規模だったようだ。

その場所は、諏訪町本通りからもほど近い「おたや階段」の下である。

階段の下から。正面の道を進むとさっきの「禅寺の坂」に行ける。
「おたや」名の由来は、階段下の案内板に書かれていた。

昔、伊勢から出て国々に暦を頒布する者を、伊勢の大夫様といった。大夫様が鏡町の新建に下る坂上の家を宿にしていたことから、この辺りを御旅籠屋(おたや)といった。
おたや地蔵、おたや階段の呼称もこれに由来する。

鏡町公民館

この場所にはかつて明光楼なる料亭があったそうだ。

1929(昭和4年)の八尾劇場でのおわらの練習場にも使われた料亭跡。明光楼の芸者である小夜子と三弥が小学生の女の子たちに厳しい指導をしました。
明光楼の後は警察官舎や町営住宅が建てられ、現在は公民館として住民の集い・おわらの稽古場となっています。

こんな調子で要所々々で遊郭時代の解説をしてくれるので散策が楽しめる。

現在、唯一残る往時の建物がこの料亭北吉(旧日進楼)

1884(明治17)年創業。数少ない政府公認の高級料亭として、花街時代から唯一現在も営業を続ける老舗割烹旅館です。
現在は料亭北吉と名を変えていますが、昔から多くの文化人に愛され、芸事の学びの場となったり、数々の商談の場として利用されてきました。

公式サイト見ると部屋は結構現代風だけど、機会があれば泊まってみたいなぁ。
食事は絶対美味いだろうしそれだけでも価値がありそう。

料亭北吉さんが立つ路地の風情が最高すぎてもうね…。

案内板に「花街」とあったり芸者の話が出てきたりするあたり、この下町新地は純然たる遊郭ではなかったんだろうね。
石畳だけ見ても、花街色が強かったんだろうなって感じがするし。

こちらの長屋は元見番だそうで。

何だったのかはわからないけどお隣もおそらく当時の建物でしょう。

現在は鏡町。「下町」は当時の地名だろうか。
ココがまちの中では最も井田川に近い(つまり標高が低い)からそこから来てるような気がするな。

こうして見ると、諏訪町通りよりこっちのほうが風情あるんじゃないかっていう・・w

かつての「杉下楼」が「杉風荘(さんぷうそう)」と名を変え、コミュニティセンターとして余生を送っている。
一般公開してくれないかしら(懇願)

この土蔵も杉風荘の一部。

かつて八尾随一の高級料亭で、おわら節の「八尾四季」を詠んだ小杉放庵画伯が逗留したゆかりの地でもあり、石碑がおかれています。
座敷の床柱や欄間、モダンな格天井、離れの茶室や土蔵、中庭など見どころのある建物が往時のまま保存されています。

諏訪町もそうだったけど、八尾のまちは街灯が灯籠になっててこれが本当に風情抜群。
やっぱり一度は夜も来なきゃいけないような気がしてきたぞ(謎の義務感)

最後に、おたや階段下の駐車場の話。
ここには「金清楼」という料亭があったそうな。

かつては料亭があり、昭和29年に旧公民館が建てられました。
平成17年に公民館は明光楼跡へ移り、現在は駐車場と広場になっていますが、今も変わらず風の盆では鏡町の踊り場となり多くのファンが訪れます。

 

いつか「おわら風の盆」見に行きたいなぁ。
今度は晴れた日に来たい。

心底そう思えた。

越中八尾。
いい町並みだった。

[訪問日:2021年8月14日]


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