またの名を“猫の島”。王道の漁村風景を色濃く残す『真鍋島』上陸記

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天野屋旅館のご主人にお礼を告げ、桟橋から定刻通りやって来た船に乗り込んだ。
旅の思い出、その1ページに刻まれた北木島を愛おしみながら次なる島へと向かった。

大浦港から10分。
船はお隣、真鍋島の岩坪港に滑り込んだ。

実はこのときの旅で最も楽しみにしていたのがこの真鍋島。
またとない最高のコンディション。こんな日に来れた幸運を噛み締めながら、上陸を果たした。

以前、沖島のことを書いたときにこんな言い回しをした。

道が狭い、家々が密集、ほぼ木造家屋。
筆者が考える魅力的な漁村テンプレートはこの3条件である。

基本テンプレートはこの通りだが、ここに“傾斜”というオプションが付帯すると破壊力が5倍ぐらいになる。これは普遍の真理である。

家島諸島がまさにそうだったが、残念なことに家々が比較的新しくて風情という点では物足りなさが残った。

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真鍋島は、古い木造家屋が建ち並ぶ漁村集落が、斜面に沿って段々状に形成されている。どうやらそういう島らしいと知った日から、この日を迎えるまで憧憬の対象であり続けてきたのである。

しかも…!!

巷では“猫島”と呼ばれるほど猫が多いというおまけ情報によって、困ったことに行きたすぎる気持ちが臨界点を振り切ってしまった。
ご存知だと思うが、筆者は大の猫好きである。

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About 真鍋島

さて、そんな真鍋島はどんな島なのだろうか。

周囲7.5km。人口は200人を切るぐらいの小さな島である。
産業はもちろん漁業だが、先述のとおり古い漁村の面影を残した家並みが評価され、昭和53年には岡山県の「ふるさと村」に指定されている。

いわゆる重伝建みたいなもので、岡山県版の町並み保存事業という捉え方をすればいいようだ。

※以前訪れた吹屋もふるさと村のひとつ

あとは、1984(昭和59)年に映画化された『瀬戸内少年野球団』のロケ地となった。これも結構有名な話となっている。

港は本浦と岩坪の2ヶ所があり、両者は歩いても10分ぐらいと比較的近い。

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岩坪集落を歩く

港から少し歩くと、集落の奥部へと向かう路地が山に向かって伸びていた。
路地というかほとんど私道である。

ここだ…。

求めていた風景はこの先にあるに違いなかった。

築100年ぐらいの風格を備えた古民家を筆頭に、年季の入った家屋が所狭しと立ち並ぶ風景。
歩き始めてものの5分で、「ふるさと村」に指定された理由が理解できた。

島では井戸をいくつか見かけたが、これは水道のない時代の名残だと言う。
昭和55年に海底送水で給水されるまでは、共同井戸で全戸の水を賄っていたそうだ。

集落内はクルマの走れる道はおろか、路地が細くて原付すら厳しそうだった。
それどころか、坂が多すぎて自転車すら役に立たなそうに映った。
ほとんどの島民は徒歩で移動するのだろう。

石垣に築かれた家や本瓦葺きの屋根など立派な建物が残る一方で、歩いていたらとあることが気になった。
そう、妙に空き家が多いのである。

人に出会わないのは、日中の漁村とはそういうものなのでそれについては気にならなかったが、廃屋になった建物がよく目につくとそれはさすがに気になってしまう。

ほとんど離島の宿命のようなものとは言え、やはりここ真鍋島でも過疎化に歯止めがかからないようだ。
なんせ平成7(1995)年には島民は約500人いたと言うから、そこからの25年で半分以上減少したことになろうか。

この空き家問題について、社会的な視点も交え少々真面目に論じてみようと思う。

高齢者が亡くなり(自然減)、若年層が域外に流出(社会減)すれば人口は減る。
離島の場合は、それに加え子育て世代のボリュームが少ないので自然増があまり望めず、仕事がないので婚姻以外でよそから移住してくることも滅多にない。

近年、土地に惚れ込んだよそ者が単身移住してきてカフェやゲストハウスを開業する事例なんかもたまに聞くが、こういうのはまだまだレアケースだろう。

日本は今、急速な人口減に直面しているが、そのあおりをもろに食らってるのが地方の離島や農村である。
旅をするとそれがよくわかる。

個人的な見解としては、人口が減ることについては肯定の立場である。

日本は国土に対して人間が多すぎるし、政策によってこれまでイレギュラーな増え方をしてきたことは否めない。
産業構造や家族構成の変化、実質賃金の低下など様々な要因はあるにせよ、今後も人口が減り続けることは疑いようのない話であり、であればそれを前提としてそれでも回る社会を目指さなければならないと思う。

とりわけ、東京をはじめ都市部への一極集中を是正し、起業や複業によって小さくても経済を回す取り組みが地方で活発化すれば、それが伸びしろになって人を呼び込む原動力になるんじゃないかと思っている。

高度経済成長期のように働けば働くほど賃金が上がる時代でもなくなったし、資本主義的な価値観を捨てて、地域のために誰かと活動を共にして人生を豊かにしたいって考える人なんかも今後ポツポツ増えていくんじゃないだろうか。

人口が減っても地域差の偏りが緩和すれば問題はないというのが個人的な考えで、地方で面白いことや意義のあることをする人がもっと増えれば自然とそういう方向に向かってくんじゃないかなと。

かく言う自分自身もきっかけさえあればそういう生き方にシフトしたいと思っている。
少なくとも、どんな形であれゆくゆくは地方で暮らしたい思いはずっと持ち続けている。

こうして全国を旅してるのも、将来自分が住みたいと思える場所を探すためというのがひとつ。
そして、ブログに書くことでそれを読んだ誰かが現地に足を運んで何かイノベーションが起きることを期待しているのがもうひとつ。

もちろん三度の飯より旅が好きというのが根底にはあるが、とりわけ地方の現状を発信したいという思いがその先にある。
写真を多く掲載するのもそのためである。

生まれ育った場所や所帯を持った場所など、世の中のほとんどの人が地縁に縛られた暮らしをしている。
筆者のように全国を自由に旅したり住みたい場所に住んだりできる人は少数派だと思うが、似たような人がまちからまちへと渡り、その土地のファンや関係人口になるきっかけづくりができればこんなブログを続けてきた立場としては本懐である。

ちょうど岩坪の集落を歩き切ったので、真面目な話はこの辺で終わりにしたいと思う。

次頁、本浦方面へ。

(2ページ目へ続く)

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