大坂商人、伊勢商人と並んで日本三大商人の一角をなす近江商人。
多くの商人が世に出た土地がいくつか存在するが、そのうち八幡商人、湖東商人については重伝建にもなっていることで以前記事を書いた。


今日は県の南部にある日野町、俗に言う日野商人の話を書こうと思う。
日野は蒲生氏によって築かれた日野城の城下町として栄えた土地柄である。
ところが、蒲生氏の移封によって衰退し、江戸時代に入り廃城。
以降、特産品の日野椀や薬の行商などに活路を見出し、商人の町として長く栄えていくことになる。
まずは「近江日野商人館」へ
日野商人のことを学びたければ、まずはこちらの「近江日野商人館(旧山中兵右衛門邸)」に立ち寄ろう。
ココは、現在静岡を拠点とする山中兵右衛門家の本宅。
行商品や道具などが展示されており、400年に及ぶ日野商人の歴史を学ぶことができる。
それにしても、日野椀というのはこの日までまったく知らなんだ。
江戸初期の「日本八大漆器」のひとつだそうで、会津以外すべて近畿というのがずいぶん興味深い。
ちなみに、現在の「日本四大漆器」は黒江編で書いた通り、会津漆器(福島県)、山中漆器(石川県)、越前漆器(福井県)、紀州漆器(和歌山県)となる。
どうでもいい余談だが、先日筆者は山中温泉に行った際に自分用に箸と汁椀を購入した。
陶磁器にしろ漆器にしろ、やはり自国の伝統工芸品は買って応援しなければいけないと常々思っている。
さすがは薬の行商をしていただけあって、薬の看板がずらり。
「感應丸」というのは日野で誕生した和漢薬だそう。
1階には新築当時の電話室がそのまま残っている。
現在の建物は昭和11(1936)年に建てられたものだそうで。
ちなみにこの建物、山中家から町に寄贈されたことで、昭和56年に「近江日野商人館」として開館したとのこと。
何気に50年近く経っているのね。
奥座敷
で、実はこの本宅。不景気時に、失業者へ仕事を提供する「お助け普請」を目的として新築されたそうだ。いわゆる社会救済的な。
近江商人が大切にした「三方よし」の精神はこんなところでも発揮されているのか…。
昭和初期の電熱器。
なんと国産第一号だそうな。
大正5年頃の日野の街角。
この手の写真に目がない筆者(笑)
すごい数の薬だ…。
日野商人の流れを汲む現代の酒コーナー
あるかな~おぉあったあった♪
ってなったのが、まず遠州山中酒造。
以前歩いた遠州横須賀の蔵元さん。
そしてもうひとつ。
真壁の村井醸造さん。
ここは初めて真壁行ったときに一本買ったんだけど、なぜかラベルを貼る前のすっぴんの瓶で提供されたという思い出の蔵元さん。
そしてそのお隣。天領酒造さん。
実は今月のはじめに飛騨萩原を歩いた際に立ち寄ったんだけど、女将さんが「うちはルーツは滋賀の日野なんですよ」って話をされていて。
そのときは「へ~そうなんですね」ぐらいにしか思ってなかったんだけど、この画像を見たときにその話がキレイに線で繋がってめっちゃ感動したという、まぁ誰も共感できないクッソどうでもいい話がありまして(笑)
平成20年に山中家の蔵の床下から見つかった、現存する日本最古の国産ワインだそうな。
大仏で有名な茨城の牛久で生産された「牛久葡萄酒」で、明治38~39年頃に出荷されたものであることが判明したとのこと。
二階から庭園を見下ろす。
さて、近江日野商人館はこれぐらいにしてそろそろまち歩きにくり出しましょうかね。
(2ページ目へ続く)



















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