舟運と陣屋町。高梁市「成羽町」の町並み

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二日目は矢掛を発ち、北へ北へと向かった。
この日は、前日とは打って変わって一日中雨模様だった。

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最初の目的地は高梁市の成羽町(なりわちょう)。
今にも降り出しそうな空を睨みつけながら散策を開始した。

旧成羽町の中心部にあたる高梁市成羽町成羽。
ここに歴史的な町並みが残ると言うので立ち寄ってみたのだ。

ところで、旧成羽町と言えば一度このブログで来たことがある。
そう、ベンガラで一時代を築いた「吹屋」である。

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この日訪れた町並みは、実はこの吹屋と大いに関係がある。

常夜灯

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成羽町の歴史

成羽の町の歴史は鎌倉時代に鶴首城が創建されたところまで遡る。
安土桃山時代には成羽川の北岸に居館と城下町が形成され、江戸時代には南岸に武家屋敷や商人町が造られ、最終的に陣屋町となった。

この日歩いたのは成羽川の南岸、陣屋町だったエリアである。
なお、陣屋があった場所は現在成羽美術館となっており名残は残っていない。

町割はざっくり言うと西側が武家町、東側が商人町の位置関係で陣屋の東一帯に広がっていた。

旧商人町の東から西へ向かって歩いたが、これは昔の地名で言うと下ノ丁、次ノ丁、中ノ丁、上ノ丁の順番になる。

往時の建物はあまり残ってないが、古い商店がちょくちょく目についた。

看板建築も数軒。
昭和に入ってからは商店街として機能していたのかもしれない。

陣屋町の北側に成羽川が流れているが、北岸はかつて川港で栄えた。
また、成羽は笠岡へ向かう笠岡往来や吹屋へ向かう吹屋往来が通っていた土地で、水陸双方で要衝だった。

特に、吹屋で産出した銅は陸路で成羽まで運ばれ、成羽から玉島まで船で運ばれたのである。

言わば、吹屋の栄光を影で支えたのがこの成羽町だったと言ってもおそらく言い過ぎには当たらないであろう。何気にすごいとこなのだ。

 

商人町から武家町へ向かう道程は、宿場町の枡形よろしく二度クランクする。
これは見通しを悪くさせるためと言うよりは、商人町から武家町が見えないようにしたのではないかと言う気がする。

ひとつ目のクランクを過ぎたところが「新町」。
ここまでが商人町だったエリアである。

おもむろに出てきたBARBERが素敵すぎる。

ふたつ目のクランクを迎えたところには石州瓦を設えた平入りの町家。

この先が重臣が居住した「本町」である。

この本町に関しては武家屋敷などの遺構はまったくなく、今は商店街になっている。

唯一歴史を感じさせてくれた建物がこちら。

思った以上に歩いたのでここらで引き返すことにした。

帰りは一本南側の同じく武家町だった旧柳町から戻った。

かつての陣屋町の南側に国道313号線が通っているが、国道が外れたおかげで昔の町割が残ったのだろう。

古い建物の密度はそこまで高くないが、歴史を感じるには十分な町並みが残っていた。

[訪問日:2021年5月2日]


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